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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)777号 判決 1966年11月10日

上告人

保津川遊船株式会社

右代表者

茂原祥三

右訴訟代理人

納富義光

被上告人

大阪市信用金庫

右代表者

坂間棟治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人納富義光の上告理由第一点について。

原審の事実認定は挙示の証拠によつて肯認し得、その事実関係の下においては、服部が保管を託されていた上告会社の代表取締役川本直水の記名及び印鑑を使用して上告会社名義の本件約束手形を振出した行為を以て、無権代理であるとした原審の判断は正当である。それ故、論旨は採用に値しない。

同第二点について。

所論の点に関する原審の判断は、当裁判所の昭和三七年(オ)第四三三号同四〇年四月九日言渡の判決(民集一九巻三号六三二頁)に従つたものであるが、当裁判所はこの判決を正当とし、何等これを変更すべき必要を見ない。それ故、論旨は採用に値しない。

同第三点について。

商法二六二条に基づく会社の責任は、善意の第三者に対するものであつて、その第三者が善意である限り、たとえ過失がある場合においても、会社は同条の責を免れ得ないものと解するのを相当とする。けだし、同条は会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を附したことに基づく責任をば、特に重からしめるための規定であるからである。従つて、これと同旨に出た原審の判断は正当である。所論はこれと異る見解に立つて原判決を非難するに帰し、採用し得ない。

同追加について。

原判決は本件手形受取人の善意を認定しているのであるから、所論は採用し得ない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠)

上告代理人納富義光の上告理由

第三点

(イ) 原判決は商法第二六二条の規定は外観に信頼した第三者を保護することを目的とするものであるから、善意であつたことにつき相手方の過失の有無は問わないものと解するを相当とするとの見解に立つていられる。成程商法第二六二条は「善意の第三者」とは規定しているが「善意無過失の第三者」とは規定していない。然しながら商法第二六二条と同様に外観を信頼した第三者の保護を目的とする民法の表見代理に関する規定については、明文がないのに、第三者の無過失を必要と解するのが定説となつている(殊に民法第一〇九条は善意の第三者とすら規定していないのに、保護せらるべき第三者は善意無過失であることを必要とすると解せられている)。このように表見代理の場合は、相手方に善意無過失が要請せられるならば、同じく英法上の禁反言則或は独法上の外観法理にその渕源を有し、民法の表見代理の規定を特殊化したものであり、善意取引保護を目的とする商法二六二条に関しても、善意無過失の第三者のみが保護せられると解すべきであり、彼此区別すべき理由はあり得ない(奥野健一氏外、株式会社法釈義一七六頁も善意無過失説をとられている)。

(ロ) 原判決は池田繁一の善意を認定すべき諸事実を列挙せられているが、原審が商法第二六二条の適用に当つては、無過失を必要としないという見解をとられている関係上、池田に過失があつたどうかという点は判断外におかれていることは明瞭である。

原判決は池田が本件手形を受取る「その際池田が控訴会社に服部のほか川本直水が取締役社長として現在することを知つていたことは前掲手形の記載及び池田繁一の証言から認められるけれども、社長の名称を有する者が必ずしも会社の代表取締役とは限らず、又代表取締役が数人あることは稀ではないから、このようなことからすぐに池田が服部の代表権欠缺につき悪意であつたと即断することはできず」と判示せられているが、上告人としては、原審が判示せられているような事実があるにかかわらず、これを調査していないというような一挙手一投足の労もとつていないところに、池田の重過失が認められるべきものと考える。

(ハ) 要するに、原審が商法二六二条の規定が過失によつて善意であつた第三者まで保護すると解せられたことに根本的の誤があるのである。

なお衆知の如く、御庁では民法の表見代理の規定を手形行為に適用するに当り、所謂「第三者」を直接の相手方に制限せられるが、上告人は商法第二六二条を手形行為に適用するに当つても、「第三者」を直接の相手方に制限するのが正当であると解しているから(竹田博士・手形法小切手法二八頁同説)、商法第二六二条の規定が過失を排除するか否か、池田に果して過失が認められるか否かは、判決に影響を及ぼすこと明かな事項であることは多言の要をみない。

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